舞姫の“卵巣腫瘍”回想録 − 【第三章】退院に至るまで。

8.入院5&6日目(術後4&5日目)「さようなら“舞姫2号”!…そして姿を消した“三点セット”♪」
9.入院7&8日目(術後6&7日目)「退院の日を迎えるまでの、穏やかな時間♪」
10.入院9日目(術後8日目)「“退院”は“ゴール”ぢゃない。“スタートライン”だよ!」





8.「さようなら“舞姫2号”!…そして姿を消した“三点セット”♪」

術後4日目、入院5日目です。前日に抜いて頂いた背中の硬膜外麻酔チューブに次いで、この日には点滴が終了し、左腕の点滴の管を抜いて頂き、キャスター付きの点滴スタンドを撤収。ある程度は普通に動いて良い許可を頂いて以降、己の“分身”の如くどこへ行くにも一緒に連れ歩いてきた点滴スタンド“舞姫2号”ですが、至らない自分を支えてくれた分身とも、これでお別れです。さようなら“舞姫2号”!(^^)/~~~

手術が無事に済んで以降は、1日1回午前中に主治医のY・S先生or助手のA先生のいずれかが、回診で病室を訪ねてきてくださいました。「股関節、痛くない?大丈夫?」と、Y・S先生。今回の“卵巣腫瘍”が発覚した当初から、舞姫の持病の股関節疾患のことを、Y・S先生はとても気遣い続けてくださったのですが、特に心配だったのは、手術の際の“体位”のことだそうです。

舞姫が受けた“腹腔鏡下手術”の場合、“砕石位”(さいせきい:仰向けの状態で、膝を曲げて両脚を上げる体位)といって、婦人科の診察台に乗るような姿勢で手術が行われることになり、この状態で長時間過ごすこと自体が股関節には当然あまり良いことではないんですが、状況によっては術中、両脚を無理に開いたりなど、更に股関節に負荷が加わるような姿勢を取る事態も充分考えられるとのこと。全身麻酔なので術中は当然、患者である舞姫本人は苦痛を憶えることはないのですが、術後は股関節にも痛みや違和感が少し残るかもしれない…という話は、術前からもY・S先生から聞かされていました。

幸い、術中での体位が要因と思われるような怪しい苦痛や違和感を股関節に憶えることはなかったのですが、ただ今回の入院&手術を経て、股関節周囲の筋肉群の筋力柔軟性など、本来であれば持病の股関節疾患の改善のために必要な身体能力なども、かなり低下することが予測され、舞姫としてもこれから股関節に及ぶと思われる悪影響を考えると不安はあったのですが、かといって体調の充分な回復に至らない状態で、スポ根の如く過酷なリハビリを試みたところで、当然逆効果です。「焦らなくても、大丈夫。なるべく院内を歩き廻って、身体能力を落とさないよう維持して」と、Y・S先生。まずは無理のない範囲で“歩く”ことが、いちばんのリハビリなようです。

ちなみに、整形外科の理学療法士O先生から事前に受けた入院中におけるアドバイスですが、まず“筋トレ”腹圧が掛かるので、不可。腹筋群を鍛える筋トレは勿論ですが、たとえ腹筋ではなく他の箇所を鍛える訓練であっても、筋トレである限りには多かれ少なかれ腹部に負荷が加わるので、ある程度は回復して術痕が痛まなくなるまでは、とにかく筋トレの類はしないほうがいい…とのこと。“ストレッチ”のほうは、無理のない範囲なら入院中もOKとのことでしたが、腸腰筋大腿四頭筋などを伸ばす方式のストレッチなどは、お腹にも大きな負荷が掛かるのでダメ。なお、O先生からも「術後、動いても良い許可が出たら、なるべく院内を歩き廻るよう心掛けて」と、Y・S先生と同様のアドバイスを頂いていました。

そして術後5日目。舞姫の身体に最後まで残っていた左の脇腹のダグラス窩(←「e-妊娠」より)チューブを外して頂き、これで本当に自由の身に。入院当日〜数日間は、快適な個室で過ごした舞姫ですが、おかげさまで術後の経過も良好というわけで、この日からは計4人の相部屋へ引越し。なお、この日から入浴の許可も出ました(シャワーのみ可。お風呂の湯船に浸かるのはNG)。術後2日目の時点では身体じゅうがパンパンに浮腫んでいて、ストレッチどころの話ではありませんでしたが(汗)、病棟のシャワールーム使用後は久し振りに時間を掛けてストレッチをして(勿論、できる範囲ですが)、気持ちの良い時間を過ごしました。♪

なお、シャワーからあがった直後、「ここへ乗ってみて♪」と看護師さんに導かれるまま体重計に乗ったところ…げっ!2kg増えていました(爆)。動いて良い許可を頂いて以降、自分も積極的に施設内を歩き廻るよう努めて(用もないのに1階の売店を何度も訪ねては、何も買わずに立ち去ったりとか。笑)、身体能力の維持を心掛けてはきたけど、歩いて消費できるカロリーなんぞ所詮たかが知れてます。病室のベッドで寝っ転がって、お気楽にテレビのワイドショーなんぞ観て、おまけに毎日訪ねてくる母が差し入れるお菓子もしっかり残さず食べてたら、そりぁ嫌でも体重は増えますゎ。いかん、退院して体力が回復したら、きちんと鍛えて、増えた贅肉を筋肉に変えなくては…(汗)。

そんなわけで、術後も舞姫の身体にくっ付いたままだった“三点セット”も少しずつ姿を消し、すべての付着物が完全に消滅したこの日、Y・S先生から持ち掛けられたのは“退院”の話。当初の予定では2週間ほどと聞いていた入院期間ですが、おかげさまで回復も順調だった舞姫は「もう退院しても大丈夫」とのことで、予定よりも早く退院の許可を頂けることに(嬉)。今週末or来週頭にでも、いかが?…とのことだったので、さっそく週末に退院することに。眼に浮かぶ、愛猫の姿、部屋のパソコン…帰宅できる日は、手に届くところまで近づいていました。♪

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9.「退院の日を迎えるまでの、穏やかな時間♪」

術後6日目(入院7日目)〜退院の日を迎えるまでは、至って穏やかな時間を舞姫は過ごしました。1日3回、決まった時間に規則正しく食事を頂き、歩行訓練がてら病院施設内をふらふらと散歩して廻り、病室に戻ってはベッドにごろんと寝っ転がって愛用の“抱き枕”を抱えながら、お気楽にテレビを観るうちに消灯となり、夜更かしすることなく就寝…こうして、視界に入るところまで迫った退院の日を静かに待つ日々です。

入院期間中、母は毎日欠かさず病室を訪ねてくれました。高齢の母も膝関節疾患持ちで足腰も弱いので、こんな交通の便の悪い総合病院まで来るのは大変だろうし、毎日ぢゃなくても無理しない範囲でいいョ…と自分も言ったのですが、「なんだい、私に来られると何か不都合なことでも、あるのかい?」と、却って不機嫌になってしまったので(汗)、舞姫もそれ以降は何も言わず、母の好きなようにさせることに。ちょうど夕刻くらいの暇を持て余す時間帯に、いつも母は手土産にお菓子を持って訪ねてきて、デイルームで淹れたお茶をすすりながら一緒にテレビを観たり、たわいもないお喋りに興じたりして過ごし、そろそろ夕食が運ばれてくる時刻に差し掛かると、「ぢゃあ、また明日♪」と言って去っていく…といった感じでした。

時間つぶし対策で持参した“電子辞書”は入院中おおいに重宝しました。医療&健康関係のコンテンツも充実していて、“卵巣腫瘍”“子宮筋腫”などの婦人科疾患についても、疾患の概要や対応の術式など、なかなか判りやすく記述されていましたし、医療機関から処方されるお薬の事典も収録されていたので、術後に食事が再開されて以降、食後に服用するよう処方された内服薬(炎症止め・鎮痛剤・胃薬など)についても、病室に居ながらその効果や副作用などを調べることができました。またクイズ感覚で楽しめる脳トレ系・学習系のアプリなども多数備わっていて、入院期間中ネット環境から隔離されてしまった舞姫の時間の“空白”を、程好く埋めてくれました。♪

動いても良い許可を頂いて以降は、自分が入院する婦人科病棟のある階と、1階の受付ロビーや売店の周辺などが、舞姫の主立った散歩ルートとなりましたが、持ち前の“探検癖”もあって、気が向くと他の階へも時折足を伸ばしました。病院スタッフさん達以外は立入禁止の場所も多かったので、くまなく施設内を巡るというわけにはいきませんでしたが、他科も病棟およびその周辺は構造的にも大差はなく、どこも似たような感じでした。

リハビリ室も、ちょっと覗きに行ってみました。改装ホヤホヤの総合病院だけあって、さすがにリハビリ室も広く設備も充実して立派でしたが、室内で訓練に励む患者さん達の殆どは高齢者ばかり。若いアスリート患者さん達が多数集うスポーツ整形外科へリハビリ通院する自分には思いもよらなかったけど、多くの医療機関のリハビリ室は大抵そんな感じなのかもしれないし、リハビリを敬遠する患者さん達の気持ちが判るような気がした。確かに、高齢の患者さん達に周囲を取り囲まれるあの環境では、自分と同じ世代か或いはそれより若い世代の患者さんは、モチベーションが萎える。リハビリを渋る患者さん達の多くが抱く「リハビリ=高齢者or障害者が受ける治療法」という偏見的なイメージは、こういうところから発せられているのかもしれない…そんなことを、ふと思いました。

入院期間中、病棟の看護師さん達はみんな、自分の苦痛が少しでも緩らぎ、快適に入院生活を過ごすことができるよう、精一杯を尽くしてくれました。消灯後も廊下から響く物音で、看護師さん達が遅くまで仕事に勤しむ気配を感じ取ることができ、この入院経験を経て本当に過酷な職業であることを、目の当たりに実感した次第です。ただ、看護師さん達の姿に感心すると同時に、どう考えてもADL的に問題なさそうなほどに回復している患者さんが、些細な用事で頻繁にナースコールを押して看護師さんを病室に呼び付ける光景も時折お見受けした。何か勘違いをしていないか?病院“ホテル”ではないし、看護師さん達も“メイド”ではない。

確かに、食事は黙ってでも三度三度きちんと出てくるし、入浴できなくても看護師さんがタオルで身体を拭いて、清潔なパジャマを持ってきてくれる。布団やシーツが乱れても寝心地の良い状態に素早く整えてくれるし、たとえ夜中でもナースコール一発で飛んできてくれる。至れり尽くせりは快感なので、つい“ホテル”感覚で甘えたくなる心情も判らぬではないが、患者側にも必要最低限、守るべき“マナー”がある筈。それを心得ていない患者さんを意外と多く見掛けたのは、少々残念に思いました。

なお、今回が入院&手術デヴューとなった舞姫ですが、自分が最も興味津々だったのは、入院中の“食事”。一昔前までは“不味い”ものの代名詞の如く言われていた病院食ですが、自分が入院したこの総合病院は、そういうこともなかったです。まぁ自分の場合は、食べ物に制限が生じる疾患ではなかったこともありますが、毎日美味しく頂きました。ちなみに、やはり病院食なので味付けは若干薄めで、胃にやさしく消化にも良さげなメニューが中心。もともと食べ物の好き嫌いは激しいので、食べられないお惣菜も時折ありましたが…。(^^;)

舞姫の自宅がある中心街からも遠く離れた閑静な住宅街にあって、近隣の自然も豊かなこの総合病院は、窓から見える風景もきれいで、入院中の舞姫も随分癒されました。院内を散歩中も、よく廊下で立ち止まっては窓から外を眺めたのですが、似たように見える風景でも窓の場所によって見え方が微妙に異なり、また日中の明るい時間と夜とでも受ける印象が微妙に異なるので、なかなか興味深かったです。あいにく、この入院期間中は全般的に雨続きで、時折晴れ間が差し掛かる日でも空は薄暗い雲に覆われていることが多く、もし爽やかな天候に恵まれていたら、窓から見える風景も、もっときれいだっただろうことを思うと、ちょっと残念で惜しい気はしました。

退院前夜、窓から外を眺めながら、これまでのことを思い起こした。“悪性”の可能性を否定できないことや、命にかかわる“茎捻転”の危険性を承知で立った発表会(「思い出ドキュメント」は、こちら)の舞台。怖くて心が折れそうだった術前の自分。そして、諸々の医療機器に身体を縛られた状態で疲労困憊のまま身動き一つ取れずに一昼夜を過ごした手術当日の悪夢のような一日…疾患発覚の3ヶ月前から、この日に至るまで、とにかくいろんなことがあったけど、幸い術後の経過も順調だった自分は、こうして2本足で立っている。これからのリハビリが正念場だけど、焦らず無理せず一歩一歩着実に、踊れる身体能力を取り戻していこう。遠く離れたジャズのスタジオへ思いを馳せながら、ベッドへと潜り込んだ退院前夜でした。

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10.「退院”は“ゴール”ぢゃない。“スタートライン”だよ!」

退院の日の朝を迎えました。朝食を終えると程なく、婦人科の主治医のY・S先生が、回診で病室を訪ねてきました。ぢつは、舞姫には確認したかったことが幾つかありました。そもそも、この疾患が発覚する大きなきっかけを作ってくれた、いつも食後に憶えるお腹の妙な膨張感。あの巨大な卵巣腫瘍を手術で摘出すれば、改善される筈だった“腹部膨張感”。これが、術後も意外と改善されていないことに、はたと気付きまして…(汗)。幸い、術後の回復が順調だった舞姫は、食欲もすぐに戻りまして、病院での食事も美味しく頂いていたのですが、食後に憶える「う゛っ、お腹きつい…orz」みたいな感じの、まるでたくさん食べ過ぎたかのような独特の“腹部膨張感”が、なぜか術後も続いていました。大きな腫瘍がなくなったことで、お腹のキャパは広くなった筈なのに。(?_?)

それで、Y・S先生曰く、術前の舞姫のお腹は、あの巨大腫瘍に占拠されていたため、胃腸がお腹よりも上に持ち上げられている状態だったんですが(術前の舞姫の便秘&食後に憶える妙な腹部膨張感の大きな要因が、これだそうです)、これまで我が物顔で太々しく鎮座していた巨大腫瘍が、手術で摘出されてお腹から忽然と姿を消してしまったため、上に持ち上がっていたが久し振りにボン!とお腹へ降りてきまして、「あ〜、広いって素敵〜♪」なんて、すっかり快感を得てくつろいでしまっている状態なのだそうで、それで腫瘍を摘出したにもかかわらず、未だ食後に妙な膨張感を憶えてしまうという変な現象が起きてしまうんだそうです。

けど、これについては「○○(←舞姫の苗字です)さん、ダンサーさんだから」…今後、順調に身体能力が回復してダンスの現場に戻れば、新陳代謝も促されるので、そんな心配しなくても自然に改善されるよ…とのこと。ちなみに、術後に食事が再開されて以降、“お通じ”のほうは至って良好で、毎日すっきり快便状態。入院する直前まで、内科のM先生から処方される便秘薬に頼らなくては用の足せない状態が続いていたことが、まるでウソのようです(嬉)。ただ、「術痕の痛みが緩いできたら、筋トレも少しずつ再開して腹筋を鍛えたほうがいい。そのほうが便秘にもなりにくくなるし、腹部膨張感の改善にも効果的」とのことでした。

判りやすく説明して頂き、舞姫もホッとした次第ですが、聞きたかったことは、まだ他にもありました。「退院後、股関節の持病のリハビリ通院を、すぐに再開しても大丈夫ですか?」…これは、無理のない範囲でならOKとのことでした。それから、「退院したら、“お酒”飲んでもいいですかっ?」…これを、どうしても確認しておきたかった(爆)。「いいですよっ!これ、ぢつは退院時に聞かれる患者さん、すごい多いんですよ(笑)。けど、構いませんョ♪」とのこと。やたっ!今夜は祝杯だゾ。\(^o^)/

そんなわけで、確認したかった疑問をY・S先生がデトックスしてくれたので、舞姫も安心して帰る身支度に取り掛かることに。半ば“マイルーム”状態と化した病室の戸棚や引き出しから、諸々の私物を出して次々とバッグのなかへと放り込んでジッパーを閉じ、バッグに入りきらない愛用の“抱き枕”は仕方ないので手で抱えて持ち帰ることにして、病院貸与のパジャマを脱いで私服に着替えると、すっかり“お帰りモード”の完了です。そうこうするうちに母が迎えに来たので、同じ相部屋の患者さん達に挨拶をして、婦人科病棟のスタッフルームにも立ち寄り、お世話になった看護師さん達にお礼を言って、エレベータで1階受付ロビーへ。

話が少々前後しますが、迎えに来る母の到着を待つまでの間、“クリアファイル”内の書類を整理整頓がてらパラパラと捲って時間を過ごしました。このクリアファイルのなかには、疾患発覚以降現在に至るまでの貴重な資料の数々がぎっしり詰まっています。自分が出演する舞台のチラシが刷り上ったときなど、折らずにきれいな状態で自宅に持ち帰るのに便利なクリアファイルですが、昨今ではどこの医療機関もインフォームド・コンセントがしっかりしているためか、入院してから頂く書類も意外と多く、自分もとても重宝しました。♪

受付で精算を済ませると、この入院期間中ずっと左の手首に装着した状態になっていた本人確認のための“ネームバンド”を切り離して頂き、これで長いようで短く、短いようで長かった舞姫の入院生活は終わりを告げ、母娘でタクシーに乗り込んで帰宅の途に。丸1週間以上の入院生活で、愛猫が自分のことを忘れてしまうのではないかと心配していた舞姫ですが、嬉しいことに愛猫は自分のことを忘れずに憶えていてくれたようで、「ただいま〜♪」と帰宅すると、玄関まで迎えに来て、すりすりと甘えてくれました。♪

帰宅後、さっそく愛機を立ち上げて諸々の確認を済ませると、日記掲示板Twitterで、「ただいま!」の報告。いちばん落ち着ける自分の部屋。とにかく、ここへ無事に生還できて、よかったです。久し振りに味わう母の手料理とともに、プシュッ!と開けた缶チューハイが、格別に美味しかったことは、言うまでもありません。さて、これから少しずつ記憶の糸を辿りながら、“回想録”を執筆しなくては。翌日は、無事退院の報告がてら理学療法士のO先生に会いに整形外科へ出掛けよう。“退院”“ゴール”ぢゃない。“スタートライン”だよ!これからのリハビリが正念場だけど、スタジオ復帰を目指して、焦らず無理のない範囲で地道に身体作りに励みたいと思います。♪

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