舞姫の“卵巣腫瘍”回想録 − 【第二章】入院、そして手術へ…。

4.入院当日(手術前夜)「インフォームド・コンセント!」
5.入院2日目(手術当日)「忘れられない、悪夢のような一日」
6.入院3日目(術後2日目)「舞姫、大地に立つ!」
7.入院4日目(術後3日目)「再現実況!グロい術中写真…。(((。O゜)))」





4.「インフォームド・コンセント!」

入院当日、某総合病院に到着した舞姫が病室で荷物を整理して病院貸与のパジャマに着替えると、その後は造影レントゲンなどの術前検査を経て、夕刻からは、手術の術式についての詳細や起こりうる危険性、今後の治療方針などについて、婦人科の主治医Y・S先生から説明があるというので、母娘揃って診察室へ。いわゆる“インフォームド・コンセント”(Informed Consent)です。

“インフォームド・コンセント”(←「健康Salad」より)…直訳すると「知らされた上での同意」という意味だそうです。これはアメリカ発祥の考え方で、患者に対して施す医療行為についての詳細や目的、メリット&デメリット等について、医療従事者側で充分に説明したうえで、患者からも質問・意見・希望などを聞いて反映させ、今後の方策における脚本を組み立てていくという概念です。かつての日本の医療業界では、患者は医師側が施す治療法や改善法に黙って従うのが常識であり、医師側の提供する方策に患者が物申すなどと以ての外という風潮が主流でしたが、近年では医療機関側と患者側が互いに充分話し合い、双方が納得したうえで医療を進めるという考え方が、ここ日本の医療業界でも普及しつつあるようです。

術式は、“腹腔鏡下手術”(ふくくうきょうかしゅじゅつ)。お腹に複数の小さな切込みを入れ、医療用カメラや専用の手術機器などを挿入して治療を行うという術式です。従来の開腹手術より術痕も小さく済み、筋肉組織の損傷も少なく、術後の安静期間も他の術式よりも比較的に短く、早期でのリハビリ開始が可能など、諸々の利点は股関節の持病の概要ページ内でも触れている“股関節鏡視下手術”と同様です。ただ、視野が狭く、また臓器に直接触れて治療を行うことが不可なため、技術的な難易度も高く、手術時間も従来の開腹手術よりも長時間を要することなどが欠点。

この術式を用いて、右側の“粘液性腺腫”と、左側の“奇形腫”を摘出するわけですが、今回の“卵巣腫瘍”発覚と同時に、子宮にも筋腫が3個ほど見付かり、幸い当分の間は経過観察で大丈夫な程度だったんですが、Y・S先生曰く「できそうだったら、ついでに子宮筋腫も摘出しちゃうョ♪」とのこと。なお、左側の“奇形腫”については、正常な卵巣は活かして腫瘍のみ摘出の予定ですが、右側の“粘液性腺腫”は、残念ながらサイズ的にも大きいため卵巣を残すことは既に不可な状態で、卵巣ごと全摘出とのことでした。

ぢつは、この夏に疾患名を告げられた当時、「腹腔鏡では無理」とのことで舞姫は開腹手術を勧められていました。この時点で既に腹部の殆どを占拠するまでに巨大化していた右側の“粘液性腺腫”は、本来なら開腹手術の適応で、腹腔鏡での摘出を試みれば他の臓器をも傷つける危険性もあり、視野が狭く技術的な難易度も高い腹腔鏡では限界があったからです。ただ、「極力、女性の身体に大きな傷痕を残さない」という、ここの婦人科の基本方針もあって、低侵襲性&整容性に優れ術後の身体能力の回復も早い腹腔鏡下手術をまず試み、癒着が頑固だったり出血が多量だったり等、対処が困難な状況に陥れば、途中で開腹手術へと変更する方向で結局は落ち着いた次第です。

怖いリスクの話も多く聞かされました。まず本来であれば術前に“自己血”貯血を行うのですが、舞姫の場合はスタジオ発表会(「思い出ドキュメント」は、こちら)の本番が入院の直前だったため、舞姫の舞台上でのパフォーマンスに悪影響がおよぶことを心配したY・S先生が、術中の多量出血が起こらない可能性に賭けて、舞姫から自己血を採らなかったわけです。だから、もし出血が多量なら輸血に頼ることになり、それに伴い感染や免疫反応など副作用のリスクも当然あること。それから、腹腔鏡で開始された手術が途中で開腹手術へ変更される確率は一般的には10%前後程度だそうなのですが、腫瘍のサイズが大きい舞姫の場合Y・S先生の推測では開腹手術への変更の確率が30%以上と極めて高かったこと。そして、摘出した腫瘍が病理検査の結果、もし“悪性”だった場合、改めて再手術で卵巣&子宮および接続部のすべてを摘出する必要があること。などなど…etc。

「最初から開腹手術にするわけには、いかないんですか?」と母。「ウチの娘は結婚はおろか、ここ数年は彼氏すらいません。今回の病気を抜きにして考えたって子供だなんて到底望めませんし、もう卵巣も子宮も要りません!構いませんから、遠慮なくバサッ!と大きく切って、ぜんぶ摘出しちゃってくださいっ!(爆)」…なっ、なんてことをっ!娘の身を案じてのこととは充分承知しつつも、この母の奇想天外な発言には舞姫も困惑しました(渋)。「まあまあ、お母さん、そんなこと言わないで。これから、どうなるか判らないですョ。(^^;)」…すったもんだする舞姫母娘を懸命になだめるY・S先生。そんなわけで、予定通り左側の卵巣は残す方向で、術式は腹腔鏡下手術で行われることに。

片側の卵巣を残したのには、理由がありました。ちなみに手術を迎える時点で舞姫は45歳でしたが、もし年齢的にももう少し上で、既に結婚して子供もいるような状況だったら、再発を防ぐためにも左右双方とも全摘出を勧めていた…と、Y・S先生は言います。ただ、年齢的に若いうちに卵巣を全摘出してしまうと、ホルモンのバランスが崩れて、却って身体によからぬ影響をおよぼす危険性もあるとのことで、患者さんによっては“ホルモン欠乏症”を起こす場合もあるそうです。自分の場合は独身でもあり、45歳という年齢を考慮しても全摘出すべきではない…とのY・S先生の判断により、左側の卵巣は残すこととなった次第でした。

思い起こせば、疾患名を告げられた当時からY・S先生は、とても判りやすい説明をしてくださり、些細な質問にも嫌な顔ひとつせず快く答えてくださるかたでした。保存療法オンリーを貫いてきた持病の股関節疾患ではなく、思いもよらぬ婦人科疾患で迎える羽目となった手術デヴュー。怖いです。心が折れそうです(泣)。けど、翌日にはY・S先生に任せて、“まな板の上の鯉”と化すしか術はありません。複雑な気持ちが入り混じる手術前夜でありました。

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5.「忘れられない、悪夢のような一日」

手術当日の朝を迎える。「おはようございます♪」看護師さんが訪ねてきて、まずは浣腸。「検温しておいてください」そう言って看護師さんは一旦病室を出る。う゛を゛っ!…速攻で効いてきて、検温のため脇の下に挟んでいた体温計を放り投げてトイレに駆け込む。は〜、すっきり。疾患発覚以降は、内科のM先生から処方される便秘薬に頼らなくては用が足せない状態が続いていたけど、さすがに浣腸は効果てきめん!

そうこうするうちに、母が「おはよ〜♪」と、ひーふー言いながら病室に飛び込んでくる。舞姫が入院するのは、都会の喧騒から離れた閑静な住宅街にある総合病院。中心街にある自宅から朝早く来るのは、たいへんだったらしい。母:「朝ご飯は?」姫:「食べてないョ」…手術に備え、前日の夕食以降は断食状態。

再び看護師さんが訪ねてくると、手術用のパジャマに着替えて、血栓予防のための弾性ストッキングを履き、いよいよ手術室へ。麻酔科の先生に誘導されながら、まずは手術台に横向きで寝て、背中に硬膜外麻酔を打ち、その後は仰向けになって、全身麻酔へ。…「終わりましたよっ♪」麻酔科の先生の声で目覚める。後で聞いたら、3時間を越える手術時間だったそうだけど、自分には時間の経過感覚がなく、麻酔で寝たと思ったら、幾らも経たないうちに直ぐ起こされたような気がした。ストレッチャーに運ばれて病棟へ。まだ麻酔から目覚めたばかりだったため、ここいらへんの記憶はおぼろげ。

病室に戻って徐々に意識が回復してくると、自分の置かれている“現状”が少しずつ判ってくる。手術の直前、背中へ打ち込んだ硬膜外麻酔のチューブはそのまま。ついでに、病室を出る直前に履いた血栓予防のための弾性ストッキングもそのまま。そのほか、尿管チューブ、左の脇腹にダグラス窩(←「e-妊娠」より)チューブ、左腕に点滴の管、左手の指先に脈拍計測器、右腕に血圧計測器、胸の数ヶ所に心電図シール、そして顔には酸素マスクという重装備状態。とにかく、これだけいろんなブツが自分の身体にくっついていたのでは当然身動きが取れないが、それ以前に3時間越えの長丁場の手術で疲れ果てて、動く気力すらない。この状態で、これから一昼夜を過ごさなくてはならない。気が重い…orz

「大丈夫?」…母が声を掛けてくる。この時点では意識もはっきりしていたけど、なにせ言葉を発するのも辛く、簡単な反応を返すのが精一杯。母には申し訳ないとは思ったけど、致し方ない。あまり傍に居ても意味がないと判断したのか、「ぢゃあ、また明日♪」と言って母は早々に去っていった。術中、呼吸を補助するためのチューブが喉に挿入されていたためか、口の中に違和感が残って気持ち悪い。自力で動ける状態ではないので、看護師さんに助けてもらって“うがい”をする。ずっと同じ姿勢で寝ているため、身体じゅうのそこかしこが痛み始める。「少しだけなら寝返りもできますョ。手伝いましょうか?」と看護師さんが声を掛けてくれるけど、“身体を動かす”という行為自体が大儀だったので、遠慮する。

時間の感覚はなかったけど、なんとなしに雰囲気で日が暮れたことを感じ取る。同じ姿勢で長時間いるだけで済むのなら、どうにか我慢もできたのかもしれない。けど、口元に酸素マスク&両脚に弾性ストッキングという状態で、とにかく暑い…。あまりに暑くて息苦しいので、看護師さんにお願いして掛け布団を外してもらい、薄手のタオルケット1枚に。それでもまだ暑くて、身体じゅうが火照ってくる。手術で切った腹部も、当然痛い。眠れない…耐え難い苦痛に、唯一幾分は自由の利く右手の傍にあるナースコールを思わず押す。直ぐに看護師さんが病室にやって来て、鎮痛剤&睡眠剤を点滴してくれた。「また、いつでも呼んでくださいね♪」…そう言って、看護師さんは去っていった。

程なく、鎮痛剤&睡眠剤が効いてきて、少しは楽になってきた。そこいらじゅうに医療器具を付着させて、己の意志では動かせない身体、それ以前に疲労困憊で動く気力さえない身体。切った腹部を中心に、持病のある股関節も含め、常に疼痛を憶え続ける身体…とにかく、どうしようもなく辛かったけど、自力ではどうすることもできず、ただ仰向けに寝て天井を仰ぎながら、時間の経過を待つばかり。

こんな状態で、また自分は再びスタジオでみんなと一緒に踊れるようになれるのか?それ以前に自分は、起きて普通に動けるまでに復調できるのか?このまま思うように回復できず、帰宅することもできないまま寝たきり状態と化してしまうんぢゃないだろうか?(泣)…そんなことを考えたら、気が遠くなって途方に暮れてしまった。複雑な思いが交差するなかで過ごした、忘れられない、忘れられない、悪夢のような手術当日の一日は、こうして更けていった。

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6.「舞姫、大地に立つ!」

悪夢のような手術当日の長い一日がようやく過ぎ去り、術後2日目の朝を迎えました。「おはようございます♪」病室に看護師さんがやって来ると、舞姫の不快感を煽る大きな要因だった口元の酸素マスクを外し、暑苦しい両脚の弾性ストッキングも脱がせてくださり、これでだいぶ気分的にはすっきりしました。次いで、左手の指の脈拍計測器、右腕の血圧計測器、そして胸の数ヶ所に貼られていた心電図シールも取り除いてくださり、諸々の医療機器を撤収。

一昼夜、己の身体を束縛し続けてきた諸々のブツも減って、仰向けの状態で身体を伸ばしながら、心地良さを実感していたところ、手術の際に主治医Y・S先生の助手を務められたA先生が病室を訪ねてきて、「元気そうですね。もう普通に動いても大丈夫ですョ♪」…というわけで、さっそく看護師さんが尿管チューブを外してくださいました。「ひとりで起きれる?」と、看護師さん。仰向けの状態から身体を起こすと腹部に負荷が掛かるので、いちど横向きになって両手でベッドを押して上半身を起こす。

続いて「立って歩いてみて」と、看護師さん。手術が終わって病室に戻って以降は、もう動く気力もないほど疲れ果てていて、諸々の医療機器に身体を縛られた状態で、ただただ仰向けの姿勢で時間の経過を待つばかりだったので、正直まともに動けるかどうか本当に不安だったのですが、まずはベッドの下へ両脚を降ろし、慎重に体重を掛けてみる。…立った!それから、トイレに行ってみる。なんのことはない、普通に用が足せました。あ〜、すっきり(嬉)。「もう大丈夫ですね。安静にばかりしていると、却って身体に良くないので、あとは無理のない範囲で積極的に身体を動かしてください」というわけで、晴れて釈放。♪

左腕に刺された点滴の管&背中の硬膜外麻酔チューブ、そして左側の脇腹のダグラス窩チューブは、まだ身体に装着されたままなので、動作には少し不都合があり、どこへ行くにもキャスター付きの点滴スタンド(←これを自分は秘かに“舞姫2号”と名付けた)を連れ歩かなくてはならないのは少々面倒ですが(汗)、自分の意志でまともに動くことすらできなかった悪夢のような手術当日に比べたら、見違えるような進歩です。

そうこうするうちに、お昼ご飯が運ばれてきます。手術当日〜翌日の朝に掛けて、絶食状態が続いていましたが、この日のお昼から普通に食事が採れることに。ちなみにご飯は“お粥”、お惣菜も消化に良さそうなものが中心。丸24時間以上、食事をしていなかったので、「胃に負担を掛けないよう、ゆっくり食べてくださいね♪」と、看護師さん。普段はフードファイター並みの大飯位食らいな舞姫ですが、さすがに普通に食事ができるほど体力は回復していないみたいで、申し訳ないと思いつつ半分以上残してしまった…orz

食後、マグカップを持って、お湯を貰いにデイルームへ。手術以降、病室を出るのは勿論初めて。まだ些細な動作にも術痕が痛む。身体能力の回復が早い“腹腔鏡下手術”とはいえ、お腹の内部ではさまざまな処置が施されているので、外側の術痕だけでなく、当然お腹の奥底からも痛みを憶える。さすがにスタスタと歩くわけにはいかず、ゆっくり歩くのが精一杯という状態だったけど、大地を踏みしめるが如く、一歩一歩、大切に歩いていく。なにより体力の消耗が激しく、これだけの動作でも結構しんどい。点滴スタンドを連れながら、お湯をこぼさぬよう慎重に病室へ戻る。

廊下で擦れ違った看護師さんが、舞姫の歩く姿に「素晴らしい!」と一言。無論、患者それぞれの症状や身体能力に伴い、術後の回復の程度にも個人差はあるけど、看護師さん曰く舞姫と同じ術式を受けた患者さんでも、術後2日目では自力で立てない人も少なくないそうで、しばらくの間は看護師さんの助けを借りなくては動けない患者さんも存在するといいます。たかだか至近距離のデイルーム〜病室間を往復するのに、えらい七転八倒してしまったのには、さすがに凹みましたが(汗)、この看護師さんの一言に、単純な舞姫はすっかり気を良くしてしまいました。v(^^)v

頂いたお湯で淹れた熱いお茶をすすりながら、テレビなんぞ観てくつろいでいたところへ、病室に母が訪ねてきました。ベッドに仰向けの状態のまま、声を掛けても反応も鈍かった前日に比べて、意外と元気そうな我が娘の姿に、母も「ほほぉ♪」と感心した様子。ただ、未だ身体にくっ付いたままの左腕の点滴の管&背中の硬膜外麻酔チューブ&左の脇腹のダグラス窩チューブの“三点セット”を見せると、母も「痛々しいね」と一言。

「ぢゃあ、また明日♪」と母が帰っていくと、程なく夕食の時間に。昼食は半分しか食べられなかった舞姫ですが、胃も徐々に活性化してきたみたいで、夕食は美味しく完食。ホッと一息ついたまでは良かったものの、厄介なことに入院前に沈静化した筈だった風邪がぶり返してきたみたいで、消灯後、咳が止まらない状態に。咳をするたびに、お腹が痛む。辛い…(泣)。既に夜中でしたが、看護師さんが濡れたタオルをたくさん病室に吊るして、加湿対策をしてくれました。大きな一歩を踏み出した舞姫でしたが、まだ踊れる身体能力を取り戻すまでの道程は遠いことを実感した、術後2日目でした。

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7.「再現実況!グロい術中写真…。(((。O゜)))」

術後3日目。前夜は止まらない咳に、痛むお腹を抱えて苦戦した舞姫ですが、この日の朝から錠剤の咳止めを処方して頂き、幾分は落ち着いてきました。おかげさまで食欲のほうは旺盛。この日の昼食から、“お粥”ではなく普通のご飯に戻ることに。まだ些細な動作でも腹部が痛み、体力もリカバリーしていないため、ちょっと動くだけでもしんどい状態ですが(汗)、それでもベッドに束縛されることなく動けるのは快感。まだ動作にもかなり不自由があり、ゆったりとした速度で歩くのが精一杯ですが、すっかり相棒と化したキャスター付き点滴スタンド“舞姫2号”を連れて、2本足で立って歩ける有り難みを満喫。♪

術後ずっと気掛かりだったのは、実際の手術の様子。当日、手術を終えて病室に戻った直後、それとなく耳に入ってきた母と看護師さんとの会話で、幸い術中に出血は殆どなくて、輸血に頼るまでに至らず済んだという話は、麻酔から目覚めて程なかった自分も、おぼろげながら記憶しています。術後2日目になって、己の身体をベッドに縛り付けていた諸々の医療機器から解放されて以降、自分で自分の腹部に残る術痕を確認し、途中で開腹手術へ変更するに至らず腹腔鏡で済んだことも判りました。ただ、実際の手術がどのように進められていったのかまでは、まだ舞姫は詳しくは聞いていませんでした。(?_?)

手術の直前、背中にブスッと差し込んで以降、そのままの状態だった硬膜外麻酔チューブを、助手のA先生が外してくださるというので、午後から処置室へ。ベッドに寝て横向きの姿勢になると、すぽん!と背中のチューブを抜いて絆創膏を貼って頂き、あっという間に処置は終了。術中のことについて、舞姫が尋ねてみると、「写真あるョ。見る?」と、A先生。え゛っ?…摘出した腫瘍そのものについては、後日写真で見せて頂ける話は聞いてはいましたが、術中の写真っスか?「見たい!見ます見ます♪」と舞姫が即答すると、「ちょっと待っててね」と言ってA先生は一旦出て行き、程なくミニアルバムを持って処置室へ戻ってきました。開くと、術中の舞姫のお腹の内部写真の数々が、進められた順番通りに並べられています。げぇ゛っ、グロい…。(((。O゜)))

パラパラとアルバムを捲りながら、実際に施された手術の過程を、A先生は順を追って判りやすく解説してくださいました。本当は、ここで舞姫が絵でも描いて再現できるといいんですが、あいにく絵心も画像作成のスキルもないんで、例によって拙いテキスト文書で恐縮です(汗)。ちなみに写真については後日、退院の際に差し上げましょうか?…と振られたのですが、あまりに気持ち悪いんで、遠慮しておきました。とにかくグロい写真なんで、持ち帰ったところでサイトに掲載なんぞ、できぁしません(爆)。

では、再現実況。お腹にカメラを挿入したところ、右側の“粘液性腺腫”がデデン!と太々しく鎮座しておりまして、視界を遮って他の箇所がぜんぜん見えぁしません(渋)。とにかくバカでかいんで、これぢゃあ作業が捗らん!…というわけで、まずはこの巨大なブツをどうにかすることに。特殊な機具を使って中の液体を取り除くと、ちゅちゅちゅ〜っと腫瘍は小さく縮まって、やっと視界が爽やかに。次は、左側の“奇形腫”。右の粘液性腺腫ほどではないにしろ、これもかなり大きそうに感じましたが、正常な卵巣は活かして腫瘍のみ無事摘出。それから、小さな“子宮筋腫”3個を摘出して縫合。そして最後に、いちばん最初に特殊な機具を使って縮めた右側の粘液性腺腫を、卵巣ごと全摘出。

そんなわけで、卵巣腫瘍2個&子宮筋腫3個、ぜんぶ予定通り摘出して、手術は開腹に至らず腹腔鏡にて無事終了。ちなみに術痕の縫合については、時間の経過とともに自然消滅する“魔法の糸”を使用しているため、抜糸の必要はないとのこと。腹腔鏡の小さな切り傷で、こんな大作業をやってのけたのですから、とにかく凄いですよ。事前のインフォームド・コンセントでも怖いリスクの話もたくさん聞かされていたし、これだけのことを腹腔鏡で試みれば、ひとつやふたつ想定外のことが発生して、「こんな筈では…?」みたいな事態に陥ることも充分ありうるんぢゃないかと思って、すごい舞姫も不安だったのですが、あとで聞いたら術中も作業は滞ることなく、主治医Y・S先生が事前に組み立てた“脚本”通りに順調に進ませることのできた、完璧な手術だったそうです。♪

ともあれ、背中の硬膜外麻酔チューブも外して頂き、これでだいぶすっきりしました。夕食後は、テレビで日本シリーズを観戦し、ロッテの優勝を見届けてから、就寝。左の脇腹のダグラス窩チューブは、まだ外すことはできないので、これを下にした状態で横向きで寝ることはできず少々不便ですが、致し方ありません。寝ている間も、しくしくお腹が痛む…けど、身体能力の回復が早い“腹腔鏡下手術”とはいえ、お腹の内部では、これだけ大変な作業が施されているので、そりぁ患者本人もしんどい筈だし、そうは簡単に普通の身体に戻るわけには当然いきません。焦らず、無理のない範囲で、少しずつ身体能力を取り戻していくしか、ありません。こうして、術後3日目、入院4日目の夜は暮れていきました。

→【第三章】へ続く

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