臼蓋形成不全【おまけページ】 舞姫の3つの“分岐点” 

●はじめに…。
●第一の分岐点 − “乳幼児期”
●第二の分岐点 − ダンスを始めて間もない“駆け出し時代”
●第三の分岐点 − “疾患発覚当時”
●“バタフライ・エフェクト”は、起こさない! 〜あと書きに変えて〜





●はじめに…。


舞姫には、もし“歯車”が少しでも狂っていたなら、現在とはまったく異なる(たぶんダンスとは無縁の)人生を歩んでいたであろうと思われる3つの“分岐点”が存在します。ひとつは、“乳幼児期”。もうひとつは、ダンスを始めて間もない“駆け出し時代”。そして残りのひとつは、この股関節疾患が“発覚した当時”です。幸い、発覚元年だった2008年夏、信頼できる医療機関との出会いに恵まれた舞姫は、現在まで未手術でリハビリしながらダンスを続け、充実した改善ライフを過ごすに至っていますが、「もし、あのとき○○だったら…?」という想定のもとで、ドラえもんから“もしもボックス”をお借りして、この3つの“分岐点”について、ちょっと検証してみたいと思います。

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●第一の分岐点 − “乳幼児期”

いまから40年以上も前の“乳幼児期”、舞姫には持病の股関節疾患がこの時点で“発覚”していたかもしれない可能性が存在しました。当時は“乳幼児健診”の精度も低く、先天性の股関節疾患の発覚に至らなかった患者さん達も多かったと聞くので、40歳を過ぎてからの発覚だった舞姫もこのタイプかと思っていたのですが、もしや?と思って“母子健康手帳”に残る記録を紐解いたところ、乳幼児健診で舞姫の股関節には既に“開排制限”が確認されていました。ただ、母の話によると医師からは当時、股関節については特に気になる指摘を受けなかったといいます。たぶん、乳幼児健診を担当した当時の医師は、「改善策を講じるまでのこともない」と症状を軽視して、先天性の股関節疾患の危険性を母に伝えなかったんだと思います。このとき以降、舞姫の股関節の異常は40年以上もの長きに渡って闇に葬られることとなったわけです。

40年以上前といえば、“保存療法”“スポーツ医療”も影も形もない不毛の時代だったことは勿論、先天性の股関節疾患など発覚しようものなら、医療者ですらどうすれば改善できるかよく判っていなかった時代。当時から、手術装具治療などが乳幼児に施される場合もあったものの、精度は低かったと聞きます。舞姫と同年代で乳幼児期に既に手術を経験された同病者さん達のなかには、結局改善できずに大人になってからも苦心して闘病生活を過ごす人達も数多く存在しますし、舞姫と同年代で乳幼児期に装具による処置を経験し、完治と呼んでも過言ではないほど回復した患者さん達でも、大人になって再び悪化の兆しが現れる人達も数多く存在します。もし舞姫も同じ道を辿っていたら、後年まで改善できずに辛い経験を繰り返していたかもしれません。

現在でこそ、研究が進んで乳幼児の股関節疾患の危険性を医療側も充分熟知していますし、妊娠中&子育て中のママさん達の間でも乳幼児の股関節疾患に関する最新情報が流通していますが、それでも未だ先天性の股関節疾患というのは“謎”の多い病気で、乳幼児期の日常生活における配慮の重要性みたいなことが判ってきたのも、ごく近年になってからです。無論、「赤ちゃんの自然な両脚の開きを妨げない生活が望ましい」みたいな情報が当時から既にあったら、一時期流行した“スリング”のような赤ちゃんの身体をすっぽり包んで両脚の開きを妨げてしまう形の抱っこ紐は、最初から流行らなかったでしょう。だから、当時もし乳幼児健診で舞姫を担当した医師が股関節疾患の危険性を母に説いていたとしても、現在ならママさん達が常識のように講じている改善策なども、当時の舞姫の環境では到底期待できなかったと思います。

手術や装具治療の必要性までに至らず経過観察のみに留まったとしても、保存療法が殆ど普及していなかった当時、乳幼児健診で股関節疾患が発覚しても、運動から遠ざけて安静にさせる等“対症療法”的な改善策くらいしか医療側も講じることができなかったといいます。スポーツ医療の分野も未開拓だった当時は、幼少からスポーツを禁じられる患者さん達も多く存在し、舞姫と同年代で乳幼児期の発覚だった同病者さん達のなかには、小中高と12年間ずっと体育の授業を見学で過ごしたという人達も決して少なくはありません。もし舞姫も同じ道を辿っていたら、きっとダンスと出会う機会すら与えられなかったでしょう。

そんなこんなを総合すると、たとえ乳幼児期に舞姫の股関節の持病が発覚していたとしても、どう考えても碌な展開になっていなかったことは目に見えて明らかなわけで、やっぱり舞姫にとって40歳を過ぎてからの発覚だったことは、物凄いラッキーだったという結論に達するわけです。乳幼児健診で舞姫の症状を軽視した医師が、先天性の股関節疾患の危険性を母に伝えなかったおかげで発覚に至らなかった舞姫は、大人になってからダンスとの出会いに恵まれ、そして発覚元年に保存療法の分野で優れたスポーツ整形外科との出会いに恵まれた舞姫は、信頼する主治医の先生&理学療法士の先生達の理解&協力のもと、現在までダンスを続けながら充実した改善ライフを過ごすに至っています。♪

もし、乳幼児健診で舞姫を担当した当時の医師が、何らかの改善策を講じる必要があると判断して母に説いていたら…いま想像しただけでも背筋が凍りつく思いがします。(>_<) 「この子からダンスとの出会いを阻んでは、いけない!」…そう判断した神様が、当時の医師の判断を鈍らせて、この時点で先天性の股関節疾患が発覚してしまうことを、未然に防いだんだと思います。

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●第二の分岐点 − ダンスを始めて間もない“駆け出し時代”

いまから20年以上も前の、ダンスを始めて間もない“駆け出し時代”、舞姫には幻の“ファースト・オピニオン”が存在しました。無茶な開脚前屈が要因で股関節を痛めて自宅近所の整形外科を訪ねた当時の経験談については、「発覚の経緯」のページでも触れているので、ご興味のおありのかたはご一読頂きたいのですが(→こちら)、当時の医師の“いい加減な診断”のおかげで、舞姫は救われました。症状を軽視した医師は、すぐ傍で撮影の準備中だった技師に「要らないから〜♪」と声を掛け、レントゲンも撮ることなく数分ほどで診察は終わったのですが、もしこの時点でレントゲンを撮られて“股関節の持病”が発覚していたら、いまの舞姫は間違いなくここに存在しません。

20年以上も前といえば、整形外科の世界で“保存療法”が殆ど普及していなかった時代なので、当時の医療界には整形外科疾患を「リハビリで改善させる」という“発想”すら、ありませんでした。現在でも、保存療法に無理解な医療機関は未だ多く、患者を運動から遠ざけて安静を強いることで改善を導こうとする医師も決して少なくはないのが現状ですが、当時の医師の大半はこのタイプです。手術の必要までに至らず“温存”という話になっても、問題はその方法。先天性の股関節疾患など発覚しようものなら、その場しのぎの“対症療法”的な改善策しか当時の医師は提供できなかったと思います。無論、当時はこの疾患を持つ者のスポーツ継続には殆どの医療者が否定的だったので、もし舞姫も当時に発覚していたら、この時点で間違いなくダンスを奪われていたでしょう。

また、当時は“RAO”“キアリ”等の自骨手術の走りの時代で、症状の程度を問わず誰にでも、「切れば簡単に治るよ♪」と言って安易に手術を勧める医師も多かったと聞きます。無論、保存療法が殆ど普及していなかった時代だったので、術前&術後そして退院後のリハビリがいかに重要かすら、当時の医療者の大半はまったく理解しておらず、当時に医師の言葉を真に受けて手術をした患者さん達のなかには、リハビリ環境を整えることができずに却って悪化させてしまった人達も数多く存在します。もし舞姫も当時に勢い余って手術に踏み切っていたとしたら、間違いなくダンスのできない身体と化していたことでしょう。

そして、“インフォームド・コンセント”(←「健康Salad」より)も殆ど普及していなかった当時は、患者は医師側が施す治療法や改善策に黙って従うのが常識であり、医師側で指示する方策に患者が物申すなどと以ての外という風潮がデフォルトだった時代。当然、医師側から提供される情報も少なく、インターネットなども普及していなかった当時は、患者の自力による情報収集も極めて困難だったこともあり、知識や情報を得る機会もないまま、そして「医師の指示に黙って従う」以外の選択肢を与えられる機会もないまま、手術をされる患者さん達も、きっと多かったのではと思います。もし舞姫も当時に医師から手術を勧められていたなら、じっくり検討する機会もないまま安易に承諾していたかもしれません。

さらに、当時は“セカンド・オピニオン”(←「健康Salad」より)的な考え方も殆ど普及していなかった時代だったので、たとえ医師から納得できる診断を得られなかった場合でも、他の医師からも意見を伺うといった発想にまで至らなかった患者さん達も数多く存在し、当時は“ドクターストップ”を告げられても、他の医療機関を受診することなく簡単に納得して、すっぱりスポーツから足を洗ってしまう患者さん達も決して少なくはなかったと聞きます。現在なら、スポーツ医療に優れた医療機関を訪ねて適切なリハビリ環境さえ整えればスポーツ継続も充分可能だった患者さん達も、きっと多かったことでしょう。ただ、もし舞姫も当時この疾患を告げられていたら、たとえ納得できないことを言われても、他の医療機関を訪ねることなく黙って医師の指示に従っていたかもしれません。

ともあれ、若かりし駆け出し時代に訪ねた整形外科でいい加減な診断を受けたおかげで、ダンスを諦めずに済んだ舞姫は、いまここに存在しています。そして40歳を過ぎてからの発覚だったおかげで、保存療法の分野で優れたスポーツ整形外科との出会いに恵まれた舞姫は、信頼する主治医の先生&理学療法士の先生達の理解&協力のもとで、舞台に立ち続けるに至っています。♪

もし、“駆け出し時代”だった当時に訪ねた整形外科でレントゲンを撮っていたら…いま想像しただけでも背筋が凍りつく思いがします。(>_<) きっと、「この子からダンスを奪っては、いけない!」…そう判断した神様が、若かりし当時の舞姫の股関節が画像検査されることを阻止して、先天性の股関節疾患の発覚を未然に防いだんだと思います。

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●第三の分岐点 − “疾患発覚当時”

舞姫の股関節疾患が発覚したのは、43歳だった2008年ですが、発覚して間もない当時、舞姫には“手術”をしていたかもしれない可能性が存在しました。最初に疾患名を告げられたときの話は“発覚の経緯”ページにも綴っているので、ご興味のおありのかたはそちらをご一読頂きたいのですが、小難しい説明に消化不良を起こしてしまった舞姫に、医師は「おうちに帰ったら自分でネットで調べて」と言って、疾患名を記すゴム印をポンと捺いたメモ紙1枚ペラリと渡して診察を終わらせ、診察終了後は理学療法士によるリハビリ指導もあったものの、簡単な運動療法が記された紙1枚ペラリと渡され、「えっ?これで終わり?」って思うほど本当にシンプルな説明程度でリハビリも終わってしまいました。たぶん診察&リハビリ合せて正味ものの数分程度だったと記憶しています。特に通院の指示もなく、舞姫は二度とその整形外科を訪ねることはありませんでした。

その後、ネットで調べて「進行性の“不治の病”」だの「悪化すれば人工股関節」だの「運動厳禁!ダンスなどと以ての外!」だの「“身障者手帳”の取得が可能」だの、怖い情報を次々と拾って、「これは、エラいことになったゾ!」とうろたえた舞姫でしたが(汗)、たった一人の医師の診断だけを鵜呑みにはせず、他の医療機関でも診察を受けてみようという思いはありました。ただ、なにせ発覚して日の浅かった当時の舞姫は知識も薄く、情報収集するにもノウハウがない状態。そこで、当時よく通った整体治療院のS先生に相談した次第でした。

S先生から勧められたのは、市内の某股関節専門医院への受診。人工股関節手術を専門とする、メディアでも多く取り上げられて“名医”と賞賛される、全国区でもネームバリューの高い某医師が運営する医院でした。不治の病とはいえ、この時点でさほど重篤な自覚症状にまで至らなかった舞姫は、人工股関節の専門医と聞いてちょっと抵抗感を憶えたのですが、S先生曰く「とにかく、彼は股関節治療のスペシャリストだから、直ぐにでも予約を取って、その医院を訪ねて!」と、ゴリ押し状態。信頼するS先生が、そこまで勧める専門医ならば、間違いない。…そう思って、まずは予約を入れてみることにした次第でした。

ところが、某医院へ実際に問い合わせてみたところ、あいにく外来予約は1年先まで埋まっているという状況。せっかちで堪え性のない舞姫は「だめだこりゃ」と思って、あっさり諦めて他の医療機関を探すことにしたわけでした。ただ、その後も情報収集を重ねるうちに次第に判ってきたことなんですが、その某股関節専門医は、本来なら未手術でも適切なリハビリで充分な改善が期待できそうな患者さんにまで半ば強引に手術を勧め、人工股関節の適用外の軽症患者については自骨手術を手掛ける専門医へ紹介状を書いて誘導させるような医師だそうで、しかも名医と謳われ高く評価される半面で、じつは改善できなかった患者さん達からの批判も多い医師だといいます。

「信頼できる医療機関と出会うために」でも記述していますが、確かに“股関節専門医”は他の医師と比べて股関節疾患の知識には長けているものの、手術重視型の医師が多く、保存療法の重要性を本当に理解する専門医は少ないのが現状。そして、スポーツ医療の知識や理解に欠ける場合も多く、殆どの専門医は患者のスポーツ継続には否定的。手術を要する場合でも、股関節専門医は保存療法やスポーツ医療の分野で劣るため、スポーツ復帰&継続を前提とした術前&術後&退院後のリハビリ環境を整えることは極めて困難です。

勿論、術後順調に回復されている患者さん達もたくさんおられるので、舞姫も手術そのものを否定するわけでは決してありません。ただ、発覚して日が浅く右も左も判らなかった当時の舞姫は、手術の有無や症状の程度を問わずすべての患者さん達に必須な“リハビリテーション”の重要性などまったく知らなかったことは勿論、自分の症状に適した“術式”を検討できる知識も、そして術前&術後&退院後に適切なリハビリ環境を整えることができる能力も、何ひとつ備わっていませんでした。もし、あのとき某医院を訪ねて手術を勧められていたら、安易に手術を決断していたかもしれないですし、保存療法の重要性を知る機会も得ることのないまま己の股関節にメスを入れて、ダンスのできない身体と化していたかもしれません。

ともあれ、予約が常時殺到する専門医院だったおかげで受診を諦め、発覚当時に手術の決断を急がずに済んだ舞姫は、いまここに存在しています。そして、初めて疾患名を告げられた整形外科での診察から3ヶ月後、保存療法の分野で優れたスポーツ整形外科との出会いに恵まれた舞姫は、信頼する主治医の先生&理学療法士の先生達の理解&協力のもと、現在まで未手術でリハビリしながらダンスを続けるに至っています。♪

もし、あのとき某医院を訪ねて手術を勧められていたら…いま想像しただけでも背筋が凍りつく思いがします。(>_<) 「この人からダンスを奪っては、いけない!」…そう判断した神様が、発覚当時の舞姫が股関節専門医に診られるのを阻止して、手術の決断を急がせることを未然に防いだんだと思います。

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●“バタフライ・エフェクト”は、起こさない! 〜あと書きに変えて〜

そんなわけで、ドラえもんから“もしもボックス”をお借りして、舞姫の股関節疾患における3つの“分岐点”を振り返ってみたわけでしたがですが、ぢつは舞姫にはもうひとつ“もしもボックス”を使って検証してみたいことがあります。それは、この3つの“分岐点”「もし当時、優れた“保存療法”や“スポーツ医療”が既に普及していたら…?」ということです。“バタフライ・エフェクト”は起こさないと誓ったんですが(汗)、やっぱり舞姫的には興味津々なところです。

まず、“乳幼児期”。舞姫の場合、既に“開排制限”が確認されていたものの、幸い重篤な先股脱までには至っていなかったので(おそらく、乳幼児健診で舞姫の担当医師が症状を軽視して、股関節の異常を母に告げなかったのは、このため)、もしこの時点で発覚していたとしても、たぶん手術装具治療までの必要性までは至らず経過観察みたいな話に落ち着いたんじゃないかと思います。ただ、もし当時既に乳幼児の股関節疾患においても“保存療法”の分野が発展していて、現在ならママさん達が常識のように施している赤ちゃんへの日常的なケアなどの情報も充実していたら?…もし、当時の医師が舞姫の症状を軽視することなく股関節疾患の危険性を母に説いたうえで、「赤ちゃんの自然な両脚の開きを妨げない」生活の工夫など、日常における改善策のアドバイスなども適切に与えていたとしたら…成長盛んな乳幼児期に病巣を発見して適切な改善策を講じることで、その後の舞姫の将来も良い方向へ変わっていたかもしれません。

そして、20年以上も前に幻の“ファースト・オピニオン”を経験した、ダンスを始めて間もない“駆け出し時代”。もし当時、“保存療法”“スポーツ医療”の分野も既に普及していて、信頼できるスポーツドクター&理学療法士との出会いに恵まれていたら?…舞姫は、己の股関節に潜む“爆弾”の存在を突き止めて適切なリハビリ環境を構築したときには、既に40歳を過ぎていました。やはり、どんなに努めても限界は生じるし、若いチームメイト達には逆立ちしたって太刀打ちできません。身体能力に恵まれた若い時期に病巣を発見して適切な改善策を講じることで、その後の舞姫の将来も大きく変わっていたであろうことは、言うまでもありません。この時点で信頼できる医療機関と出会って、有益な知識や情報を学びながら適切なリハビリに努めることのできる環境に恵まれ、この疾患と向き合いながらダンスを続けていくための身体作りに着手していたとしたら…そう思うと、正直悔やまれます。

それから、これは“駆け出し時代”にも若干共通する話ですが、疾患発覚して間もない当時、もし“保存療法”“スポーツ医療”の分野でも優れた執刀医との出会いに恵まれ、舞姫自身も納得できるベストな環境で思い切って“手術”をしていたとしたら?…舞姫の症状や身体能力・生活環境なども考慮したうえで適切な術式を選んで、術前&術後そして退院後に至るまで、ダンス復帰&継続を前提とした適切なリハビリ環境に恵まれていたとしたら?…当時は舞姫が情報収集しても、手術で改善できなかった患者さん達の辛い経験談なども多く拾ったので、とても手術をしようなどという気にはなれませんでしたが、発覚当時もし整った環境での手術が実現していたら、順調に改善してダンスを続けていた可能性も充分考えられるし、無論この話は“駆け出し時代”に当てはめて考えることも可能です。

舞姫の人生における3つの“分岐点”のうち、過去の2つが抱える諸々の問題点については、もし当時既に“保存療法”“スポーツ医療”の分野さえ既に普及していたら、おそらく解決可能だったであろうと思われるものばかりですし、残りのひとつにしても、未手術で保存療法オンリーを貫いてきたことを決して後悔しているわけではないですが、もし早期の段階で“保存療法”“スポーツ医療”を熟知する優秀な執刀医との出会いにさえ恵まれていたとしら…そう思うと、やっぱり“もしもボックス”を使って覗いてみたいという興味にはそそられますね。(^^;)

ただ、それはきっと決して開けてはならない“禁断の扉”なんだと思います。やっぱり、“バタフライ・エフェクト”なんか起こさないほうがいい。発覚元年、最初に訪ねて疾患名を告げられた整形外科での診察から3ヶ月を経て、保存療法の分野で優れたスポーツ整形外科との出会いに恵まれた舞姫は、信頼する主治医の先生&理学療法士の先生達の理解&協力のもと、現在まで未手術でダンスを続けながら充実した改善ライフを過ごすに至っています。それで、いいと思います。まだまだ、修行の足りない未熟者です。これからも、リハビリを通じて精進を続けます。

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