耳慣れない病名 − 「は? 臼蓋形成不全…?」 − 発覚に至るまでの経緯。 

●最初の病院での診察へ…。
●“臼蓋” ← これ、なんて読むんだべ?!
●自身にも憶えのある症状の数々。
●発覚以降、思案の日々を過ごすなかで…。
●そして、2軒目の病院での診察へ…。
●これからのことについて…。
●リハビリ通院を始めて、4ヶ月が過ぎました。
●その“魔法の武器”は、まだ使えない!
●その微妙な“温度差”の要因とは?
●リハビリ通院を始めて、1年が過ぎました。
●リハビリ通院を始めて、2年が過ぎました。
●出るネタも出尽くしたので…。(^^;)





●最初の病院での診察へ…。


ダンスを始めるずっと以前の学生時代から、生粋の運動音痴で、しかもダンスに深くたずさわるようになったのは、社会人になって年齢的にもかなりの域に差し掛かってからだった高齢ダンサーの舞姫、若い頃から尋常でないくらい身体が硬くて、ちょっとでも無茶なことをするとすぐに傷めていた股関節に加え、寄る年波には勝てず(泣)、膝や太腿にも強い痛みを覚えるようになったのが、数年前あたりからです。

整体治療を受けて一時的に復調しても、またスタジオで調子こいて思いっ切り踊ってしまうと、すぐ身体の不調は振り出しに戻ってしまう…みたいなことを、このところずっと繰り返してきたこともあり、いちど病院でも診察してもらったほうがいいかなと思い立って、札幌市内にある某整形外科を訪ねたのが、'08年5月のことでした。

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●“臼蓋” ← これ、なんて読むんだべ?!

ちなみに、最初に舞姫が訪ねたのは、ウチの母の掛かり付けの整形外科。まず診察室へ通され、問診&触診のあと、レントゲンを数枚撮って、写真が出来上がるまで待合室で待機。ふたたび診察室に呼ばれた舞姫が見せられたのは、股関節のレントゲン写真。この写真を指して、あーでもないこーでもないと先生が説明するのですが、どうも舞姫は読解力に欠けるのか、いまいち消化不良気味…。すると先生が「ネットはされますか?」ときくので、舞姫が「はぁ…しますが」と答えると、小さいメモ紙にポン!とゴム印をついて舞姫に渡し、自宅へ帰ったらネットで自分で調べてみなさい…というわけです。

先生から受け取ったそのメモ紙には、“臼蓋形成不全”と記されていました。“臼蓋”?…これ、なんて読むんだべ?…耳慣れない病名に「なんぞ?」と思ってネットでいろいろ調べてみれば、人工関節の置換手術だの、障害者手帳の取得が可能だの、ダンスなどと以ての外!だの、怖い情報が次から次へと眼に飛び込んでくるではありませんか!さらに情報を探ってみると、まるで武勇伝の如くの凄まじい闘病記を掲載するサイトなども数多く見つかります。これは、えらいことになったゾ(汗)…小心者の舞姫が、かなりてんぱってしまったことは、言うまでもありません。

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●自身にも憶えのある症状の数々。

ともあれ、持ち前の好奇心も手伝って、耳慣れないこの病気について、もっと詳しく知りたいという気持ちから、ネットに加え、図書館へも足を運ぶなど、さらに情報収集にいそしんだ舞姫でしたが、こうして調べていくなかで、自身にも憶えのある症状は、確かに数多く思い当たりました。

まだこの病気が発覚する以前、たまたまDVDを借りに立ち寄ったレンタルショップで長居した際に、股関節痛&膝痛で歩行困難に陥り、慌てて掛かり付けの整体治療院へ駆け込んだときの記憶が、舞姫の脳裏に蘇ってきます。そのとき以降、舞姫は長距離徒歩が苦手になりました。

確かに、身体の柔軟性については、先天的に恵まれているか否かも左右されるでしょう。まして舞姫は、若い頃から生粋の運動音痴だったうえに、大人になってから始めた晩学ダンサーですから、柔軟性を鍛えるには、決して超えることのできない限界もあることでしょう。

ただ、ダンスの世界に入って約18年、無理せず少しずつストレッチを続けることで、始めた当時よりか多少は身体は柔らかくなりましたが、それにしても尋常でないほど硬く、どんなに開こうと努めても、ダンサーの常識では有り得ないくらいアン・ディオール(En Dehors:「外側に」という意味。脚を、付根の部分から外側に開くこと)できず、いつまで経っても頑なに開こうとしてくれない己の股関節に加え、ここ近年になって頻繁に襲ってくるようになった膝や太腿の痛み、ちょっと買い物に街を歩き廻ったごときでボコボコに疲れ果てる両脚…おかしい、何かが変だ。…この病気が発覚する以前から、自身にも憶えのあった不審な症状の数々に、舞姫が危機感をつのらせてきたことは、確かでした。

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●発覚以降、思案の日々を過ごすなかで…。

幸い、最初に訪ねた病院の診察では、医師からの症状の説明と、自宅でも手軽にできるリハビリ法をおそわったのみにとどまり、手術や通院を勧められたわけでもないので、現時点ではそれほど深刻な状況でもないと思います。実際に日常生活には大きな差し障りはなく、職場でも普通に仕事してますし、ダンスのレッスン時は少々つらいことは確かですが、まだ取り合えずは普通に踊っても我慢の効く状態ではあります。そして、耳慣れない病気の発覚から時が経つにつれ、次第に舞姫も自身の現状を冷静に受け止められるようになってきてはいました。

ただ、いつどこで「ぼん!」と爆発するかも判らんような“爆弾”が、己の股関節に存在することは、常に頭のなかに憑いて廻っているわけで、無論たったひとりの医師の判断のみを鵜呑みにせず、他の病院でも診察をという思いはありました。じつは、掛かり付けの整体治療院の先生に、この病気のことを相談した際、股関節治療では評価の高いといわれる病院をおしえてくださり、ぜひそこで診察を受けるよう勧められたのですが、あとで調べてみたら、その病院すごい混んでて初診は1年先まで既に予約でいっぱいなんですよね。そんなわけで、診察を受ける気が萎えてしまって…orz

まぁ、なにもそこでなくとも他に良い病院を探してもよかったんですけど、もし「手術ですね、すぐに入院してください」だの、最初の病院での診断よりもスゴいこと言われちゃっても怖いし、最初の病院でこの病気が発覚した当時は、某公演の稽古中で(「思い出ドキュメント」は、こちら)、雑念に捕らわれたくなかったみたいな気持ちもあって、舞台が無事に済んで落ち着いてから…と先延ばしにし、その公演が終わったあとも、なんとなしに気が進まず、横着者の舞姫は、なかなか重い腰を上げられずにいたわけでした。(^^;)

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●そして、2軒目の病院での診察へ…。

ようやく舞姫が行動に移し、2軒目の病院へと向かったのは、公演が終わって1ヶ月以上が経った'08年8月のこと。舞姫が訪ねたのは、交通の便の良い中心街にある某整形外科。札幌市内でも数少ない、スポーツ医療の専門病院です。こんどは運動に関する知識が豊富な病院で、ぜひ診察を受けたいと思い、来院に至ったわけです。市内でも有数の、スポーツ系の整形外科なだけあって、リハビリ設備も充実しています。診察結果は…やはり最初の病院で受けた診断と同様、“臼蓋形成不全”でした。

先生の診察を終えると、こんどはリハビリ室へと場所を移して、理学療法士さんからアドバイスを受けることに。ちなみに、ここでも理学療法士さんから、「ダンスやスポーツをたしなむ習慣のない一般の人と比べても、異常に硬い」という指摘を受けました。かつて、掛かり付けの整体治療院の先生が舞姫に放った言葉と、まったく同じ台詞には、さすがに舞姫も閉口しましたが、まぁ事実なので仕方がありません。(-_-メ)

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●これからのことについて…。

かくして、この耳慣れない股関節の病気と向き合っていくことになった舞姫ですが、これでもし、もっと若かったら、たとえば人工関節でなくて自骨手術&リハビリで克服するとか、手術をせずに“保存療法”の道を選択するにしても、稽古の際は身体に負担を掛ける動作は可能な限り抑えて気力&体力を温存し、本番の舞台で一発勝負に賭けるとか、ダンサーとしての“延命処置”的な方法を、少しでも舞姫も考えたんだろうとは思います。

ただ、舞姫もう43歳('08年現在)ですからね、どのみち残されたダンサー生命も、それほど長くはないわけですよ。いえ、もうね、ダンスと心中してもいい覚悟は既にできてますし、無理して踊り続けたことがもとで、将来もし車椅子の生活を強いられたとしても、後悔はしません。

ただでさえ運動音痴な晩学ダンサーが、これまで数え切れないほどたくさんの素敵な舞台に立って、アマチュアとしてはこの上も無いほど恵まれた活動をさせて頂いてきたわけですし、いつこの身体がぶっ壊れて引退する羽目になっても、それも己の運命と解釈して受け止めたいと思います。だから、“延命処置”なことに縛られるよりも、あれこれ自分の身体に制限を作らず、残されたダンサー生命を思いっ切り楽しんで過ごしたいと舞姫は思うわけです。

なお、現在のところ舞姫には、手術をするつもりはないです。あくまで保存療法で様子を伺いながら、これからもダンスを続けていくつもりでいます。これから先、手術の必要に迫られるほど、自身の症状が悪化しないことを、ひたすら祈ります。無論、先生達やチームメイト達に迷惑が及ぶことだけはないよう、無意味に無茶だけはせず、健康で元気に舞台を務められる身体を維持していきたいとは、考えています。

さて、2軒目の来院となったスポーツ整形外科での診察の際、週1回くらいのペースでのリハビリ通院を勧められました。舞姫の場合、今後のリハビリとしては、股関節周辺の筋力および柔軟性の強化は必須だそうです。これまで、ダンサーとしての視点でしか、筋トレやストレッチをする機会のなかった舞姫、理学療法士のかたが指導されるリハビリにも興味はありますし、ここなら困ったときも専門の知識を持つ理学療法士さんから助言を受けられそうなので、しばらくの間はレッスン感覚でリハビリに通院してみようかと思います。

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●リハビリ通院を始めて、4ヶ月が過ぎました。(08年12月現在)

そんなわけで、自分にとって“未知の世界”だったリハビリ室の敷居をまたぐに至った舞姫でしたが、主治医の先生の人柄も良く、理学療法の先生達もみなさん熱心にリハビリの指導をしてくださり、初診から4ヶ月が過ぎた現在も、おかげさまで舞姫は楽しく通院を続けております。

思い起こせば初診の際、週1回のリハビリ通院を勧められたとき、舞姫にとって未体験ゾーンだったあのリハビリ室には…興味津々な話題や情報が、いっぱい詰まっているような気がして、妙にわくわくする自分を感じたことは確かです。ただ、通院し始めたばかりの当時は、日常生活やレッスン時の苦痛を少しでも軽減するためだったりとか、手術という選択をせずに済むようにとか、果ては自分が年老いたときに“杖”をついて歩く羽目にならないためにだったりとか、そういった患者としての自身の“リハビリ=治療”が、あくまで目的だったわけで、自分のダンサーとしてのスキルアップ的なことは、勿論この時点では考えてなくて…と言うか、むしろ“別物”として受け止めていました。

当時の舞姫が、このリハビリ通院と、自身のダンサーとしての活動とを、“別物”として解釈したのには、理由がありました。“ジャズダンス”というのは、スポーツの分野とは、基本的な技法は勿論のこと、身体の鍛錬や維持の方法なども、まったく異なります。普段から、それぞれの分野に適合した身体作りを行っていくのが大切なのは当然のことで、迂闊に鍛え方を誤ると、ジャズが踊れない身体と化してしまう危険もあるわけです。極端な話、マシンジム系のハードなトレーニングに、あまりにも依存し過ぎてしまうと、筋肉の付き方が変わってきてしまうため、ジャズダンスやクラシックバレエなどは、踊れなくなります。プロのジャズダンサーやバレエダンサーで、まるで重量挙げの選手の如くの筋骨隆々な体型の人は、まずいない筈です。

舞姫が危惧したのは、コレです。まさか治療目的のリハビリで、ダンスが続けられなくなるほどムキムキな身体になるとまでは思いませんでしたが、この類のリハビリが、ダンスとはまったく異分野であることだけは、間違いありません。もしや、病院側で指導する筋トレやストレッチに、自分が依存し過ぎてしまうことで、ダンサーとしての自身の身体作りやスキルの維持・習得に、なんらかの形で悪い影響を及ぼす可能性も、あるかもしれない…そう考えた舞姫は、“それはそれ、これはこれ”という感じで、ダンサーとしての自身とはまったく切り離した解釈のもとで、リハビリに取り組んでいくつもりだったわけです。

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●その“魔法の武器”は、まだ使えない!

ところが当時の舞姫の予測に反し、いざ通院を始めてみると、ここで実際に得られる知識や情報の数々は、“患者”としてのみにとどまらず、“ダンサー”としての自身にも、役立つものでした。身体に“柱”を作る腹横筋。バランス感覚を司り、股関節の外旋にも大きな役割を果たす中殿筋。そして股関節の屈曲や伸展に重要な働きをする腸腰筋…etc.どれも、ダンサーとしての身体作りやスキルの維持・習得にも、重要なことばかりです。こうして、ダンスの技術にも反映可能な知識や情報の数々に感銘を受けた舞姫は、この週1回のリハビリ通院を楽しみに心待ちにするようになり、リハビリ室での出来事の数々を、積極的に日記へも書き綴るようになっていったわけでした。

ただ、“患者”としてのリハビリから、自身の“ダンサー”としてのスキルアップへと、次第に意識が移行していった頃あたりから、なかなか越えることの出来ない“壁”に舞姫は行き詰り始めました。その効果をみずから実感できるまでに至らない舞姫は、通院を始める以前と、何ひとつ変わっていません。リハビリ室から一歩外へ出てスタジオへ戻れば、また舞姫は振り出しに戻るが如く“できない”自分に還ります。確かに、症状の改善に必要な筋力や柔軟性は少しずつ向上しつつあります。いまの自分に何が欠けているのか?そして、それはどうすれば補うことができるのか?…数々の疑問を解決する糸口は、リハビリを続けていくなかで舞姫にも少しずつ見え始めてきました。ただ、いくら物理的な筋力や柔軟性を鍛えたところで、それらを“制御”できなくては、意味はありません。

無論、この類のリハビリに“即効性”がないことくらい、前情報として既に得ていました。単調な動作に面白みを感じることができず、なかなか現れない効果に挫折してしまう患者さんが多いことも聞いています。大切なのは、焦らず無理せず地道に続けること。…そういったことも、すべて承知のうえで舞姫は、ある程度の覚悟を作って、このリハビリ室の敷居をまたいだ筈でした。けど、思うように動いてくれない己の身体に、メンタルの弱い舞姫は、苛立たずにはいられなかったわけです。

なんだか、使えない“ヒットポイント”を得たような感覚…とでも表現すると判りやすいでしょうか?リハビリで得た筈の身体能力を、みずからの意志で制御し使いこなせるレベルにまでは、まだ舞姫は達していないわけです。その“結界”を打ち砕くために必要な“魔法の武器”は、確かにダウンロードした筈。けど、インストールには至っていません。ただ、己の股関節に存在する“爆弾”と向き合いながらダンスを続ける道を選んだ舞姫は、まだ使えない身体に苛立ちを憶え、もどかしさを感じながらも、己の身体に与えられたその“魔法の武器”を実際に使いこなすべく、きっとこれからもリハビリ通院を続けていくと思います。

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●その微妙な“温度差”の要因とは?

こうして、症状改善のためのリハビリと、ダンサーやアスリートとしてのスキルアップとを連結させる“スポーツリハビリテーション”(Rehabilitation for Sports)の魅力に目覚めた舞姫でしたが、じつは発覚した当時から、症状の特徴や治療法・対処法などに関する情報収集にばかり目先を奪われてしまったためか、このことでそれほど深く考える機会がなく、自身が行っているのが“スポーツリハビリテーション”であることを殊更に意識するようになったのは、お恥ずかしいことに、リハビリ通院を始めてだいぶ後になってからのことでした。

そして、同じ股関節系の病気を持つ患者さん達の闘病系の話題をネットで拝読するたびに、この病気における自身の持つ考え方や解釈と、周囲との微妙な“温度差”に、ある種の違和感を憶えるようになったのも、その頃あたりからでした。意外と知られていない、この病気におけるリハビリの存在。昨今の医療業界における哀しい現実に翻弄される患者さん達。その言葉の響きが持つネガティヴな先入観から、リハビリを敬遠される患者さんも多く存在するようです。耳慣れないマイナーな病気が故に、都市伝説的な間違った情報も数多く氾濫し、舞姫自身の充実したリハビリライフとは反比例するが如く生じるその“温度差”は、舞姫を複雑な気持ちにさせていきました。

おそらくその要因は、一般の病院などで行われる日常生活や社会生活への復帰を目的とした“メディカルリハビリテーション”(Medical Rehabilitation)と、“スポーツリハビリテーション”との、解釈や概念の根本的な“違い”に潜んでいるようです。自身の抱く思いや考えとは多々すれ違う周囲との微妙な“温度差”に戸惑いながらも、なぜその“温度差”が生じるのか判らぬまま疑問を抱き続けてきた舞姫でしたが、通院を始めた時点では、理学療法の知識が皆無に等しかった舞姫は、自身と周囲との狭間に存在する微妙な“温度差”に、のちの自身がこれほど苛まれる羽目になるなどとは、思ってもみませんでした。

症状改善のための治療とスキルアップとを連結させる“スポーツリハビリテーション”の持つ概念や世界観は、確かに魅力的です。ただ、あくまで舞姫にとってスポーツリハビリというのは、この持病における“保存療法”の重要性を知る“きっかけ”だったに過ぎません。けど、この周囲との微妙な“温度差”に憶えた違和感が、その後のコンテンツ充実への原動力や、舞姫自身のリハビリに対するモチベーションの向上へとつながっていったことは、間違いありません。

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●リハビリ通院を始めて、1年が過ぎました。(09年9月現在)

新鮮な刺激に満ちたリハビリ室で過ごす時間は瞬く間に過ぎ、いつの間にリハビリ通院を始めて1周年を迎えていたわけですが、現在でも舞姫は楽しく通院を続けています。設置した当時は“病気の概要”と、この“発覚までの経緯”の2ページだけでスタートし、しかもテキスト文書オンリーのアナログページだったこのコンテンツも、リハビリ通院で得た知識や情報をもとに次第にメニューも増え、他サイトさん達からのご厚意による画像の転載許可もあって、設置当時とは見違えるほどの充実に至りました。

やがて、このリハビリ室は舞姫にとって、スタジオで舞台の稽古を抱える慌ただしい時期ついおろそかになりがちな筋トレやストレッチなどの基本の身体作りのための訓練に、専門の心得を持つ理学療法の先生達の指導のもとで心置きなく取り組むことのできる“虎の穴”的な機能と同時に、“舞台の稽古”という重圧感から開放されて伸び伸びと過ごすことのできる“癒しの空間”的な機能をも併せ持つ場へと化していきました。

思い起こせばファーストオピニオンで、さほど保存療法にも積極的でない普通の整形外科を受診し病名を告げられた当時、やれ股関節を開くな廻すな負荷を掛けるなだの、とにかく無茶な運動は避けて安静にしてさえいれば症状を悪化させることはないだの、これじゃ「ダンスを辞めろ」と言われたも同然の指示ばかり医師から受けた舞姫は、当時ネットで調べて得た“人工関節の置換手術”“障害者手帳の取得が可能”“ダンスなどと以ての外!”などの怖い情報の数々にも追い討ちを掛けられ、不安が常に入り混じる気持ちのまま踊り続けていたことを記憶しています。

あれから1年、現在通院する整形外科の理学療法の先生達の、熱心なリハビリ治療のおかげで、思いっ切り身体を動かしながら、安心して日々の稽古に臨めることを、とても幸せに思っています。進行性の“不治の病”であるが故にリハビリにも終わりがなく、これからも舞姫はレッスンや舞台活動と同時並行でリハビリ通院を続けていくことになると思います。まだ病気の発覚から歴が浅く、現在進行形で勉強中という身の上ですが、今後もこのサイトを通じて、患者の立場で新鮮な話題や情報を可能な限り発信していきたいと思っています。病気と向き合いながら舞台に立ち続ける舞姫の姿に、同じ股関節系の病気を持つ患者さん達が、希望を見出してくださるのなら、舞姫も嬉しいと思います。

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●リハビリ通院を始めて、2年が過ぎました。(10年8月現在)

そんなわけで、症状改善のための治療とスキルアップとを連結させる“スポーツリハビリテーション”の魅力に目覚めて早2年が経ちましたが、現在も舞姫は楽しく通院を続けるに至っています。正直なところ、手術を要するほど症状を悪化させない限りは、経緯的な話を綴ってきたこのページでは、今後は特記できそうな更新題材もなさそうなので(汗)、今回は自分がダンスを始めて間もない駆け出し時代の話をしましょう。このサイト内では、舞姫の“ファーストオピニオン”は、08年5月と記しています。ただ、これはあくまで病名の宣告を受けた時期なわけで、じつはこれより以前、もう20年も前の話ですが、いちど舞姫は股関節痛で受診歴があって、厳密には舞姫の“ファーストオピニオン”は、このときだったのかもしれません。

周囲の柔軟性に優れたダンサー達に触発されてやった無茶な開脚前屈で、内腿をプチッ!と傷めたのが要因で、それ以降も股関節の具合がいまいち回復せず、自宅近所の整形外科を訪ねたわけですが、ご高齢とおぼしき患者さん達が大半を占める待合室で散々待たされた挙句、ようやく診察室に呼ばれたと思ったら、問診も触診も数分足らずで終わってしまい、レントゲンすら撮ってもらえず、「なんでもないですね〜。安静にして様子をみてください」と言われ、湿布と鎮痛剤だけ処方されて帰されました。

きっと軽い炎症を起こしている程度で、レントゲン撮影の必要にまで及ばないと判断されたのでしょう、撮影の準備中だったレントゲン技師さんに医師が掛けた「要らないから〜♪」という呑気な声は、あれから20年を経たいまも舞姫の記憶に焼きついています。そもそも、この病気は“先天性”です。20年前の話ですから、進行の程度は現在の自分よりは深刻でなかったにしろ、優秀な医師であれば、この時点で既に舞姫の股関節に潜んでいた“爆弾”の存在を見抜けなかった筈は、ありません。

早期発見が極めて難しいといわれるこの病気ですが、ネットで情報を探ると、まだ抵抗力や身体能力にも恵まれた若い時期に運よく発見することができ、手術&リハビリで症状を改善された患者さんも、時折お見受けします。もし、まだ若かったあの当時にこの持病を発見できて、思い切って手術を決断していたら、自分のダンサー人生変わっていたかもしれないし、手術の必要までに至らず保存療法のみの道を選んだとしても、この時点でリハビリの重要性に目覚めていたら、疾患をふまえたうえでの自身に適合した訓練に、身体能力に恵まれた若いうちから取り掛かることが可能だったと思うし、ダンサーとしてのスキルアップにも、もっと活かせたかもしれない…なんてことを考えると、若くして発見し早期の段階での対処で改善に至った患者さんのお話を耳にするたび、羨ましい思いは正直します。

ただ…もし、20年前のあのときに、この持病が発覚していたら、アラフォー世代に達する現在まで自分はダンスを続けていただろうか?なにせ舞姫は学生時代から生粋の運動音痴で、それ以前の自分は取り立てて趣味もなく、職場と自宅との往復だけが生活のすべてという地味なOLだったわけで、ましてこのとき舞姫はダンスを始めたばかりの初心者です。医師から耳慣れない病名を告げられたうえに、「進行性の“不治の病”」だの「いまに自力歩行ができなくなる」だの「症状が深刻化すれば“人工関節手術”の可能性も」だの、怖い話をたくさん聞かされようものなら、やっぱり自分に運動は不向き…と簡単にダンスを諦め、医師の指示通り過度な運動を抑えて静かに日々を過ごしていたかもしれません。

発覚当時、舞姫は“病人”意識を極力持たないようにしていました。病は気から。“病人”であることを意識した時点で、自分は負けてしまう…そう考えたからです。けど、いまは自分が“病人”であることが、ダンサーとしての自身の“モチベーション”を高めています。この病気と出会うことがなければ、股関節の異常は勿論、尋常でないほど劣る身体能力も、自分は高齢ダンサーだから、若いダンサー達には逆立ちしたって太刀打ちできないから…と、すべて年齢のせいにして諦めていたでしょう。この年齢にしてこの病気が発覚してこそ、いまこうして自分はダンサーとして切磋琢磨しながら舞台に立ち続けられる…そう思えるのです。だから、いまは自分が“病人”であることを、いつどこにいるときも忘れません。

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●出るネタも出尽くしたので…。(^^;)(14年2月現在)

さて、この「発覚の経緯」ページ4年振りの更新です(汗)。これを執筆している現時点で舞姫は48歳なので、今年の夏でリハビリ通院を始めて6周年を迎えることになりますが、相変わらず充実した改善ライフを過ごすに至っております。せっかく久し振りの更新なので、なにか面白い話をしたいところですが、経緯的な話題については、既に出るネタも出尽くしたという感もあり(汗)、これから先このページでは取り立てて更新題材になりそうな話題もなさそうです。そこで、以前「お気楽日記」“Twitter”でも何度か取り上げた、舞姫の人生における3つの“分岐点”についてのお話を、“おまけページ”として新たに設置してみました。よろしければ、お立ち寄りください。→ 《舞姫の3つの“分岐点”》

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“臼蓋形成不全”とは?   舞姫の3つの“分岐点”   保存療法の重要性

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