思い出ドキュメント … 当時の「お気楽日記」より転載および加筆修正
塚田ジャズバレエ・ワークスタジオ発表会 TSUKADA STYLE☆ 〜Communication with Myself!〜 @2009年11月22日(日)


★09年11月22日(日) “背水の陣”の語源に隠された真相とは?!

本番当日の朝です。かくして、“背水の陣”と化した舞姫&チームメイト達は、“最終決戦”の日を迎えたわけですが、舞姫が楽屋に到着すると、公演パンフが届いておりました。三つ折りのパンフを開くと、第1部&第2部の演目に挟まれた中央部分の“生徒さん達の声”なるページに、どこかで見覚えある台詞が…「みんなと一緒なら、どこだって行けるし、何だってできるよ。みんなと一緒にいると元気になれる!」…これは、舞姫の言葉です。

じつは、パンフの印刷に先駆けて今回、“生徒さん達の声”の募集が呼びかけられまして、「さすがに、全員のコメントは載せられないかもしれないけど、スタジオへのみんなの思いを簡単な言葉に託して、ぜひ寄せてほしい」…ということだったので、取り合えず舞姫も投稿してあったわけですが、他にも素敵な言葉を書いてくださった生徒さんもたくさんいたであろうなかで、恐縮にも舞姫の稚拙な言葉が起用されました。なお、パンフに掲載して頂いた上記の一文は、昨年の「思い出ドキュメント」からの引用です。そう…“生命共同体”であるチームメイト達は、舞姫の“片割れ”です。みんなと一緒なら、舞姫はどこにだって行けるし、何だってできます。

そろそろ舞台メイクに取り掛かろうとしたところ、レギュラークラスに舞台への召集が掛けられました。きのう行われたゲネプロ(ゲネラールプローベ“Generalprobe”の略。本番と同じ舞台を使用し、舞台進行・照明・音響など本番と同様にし、出演者も本番と同じ衣装を着用し舞台メイクを施し、客席に観客がいる想定のもと、すべて本番とまったく同じ条件で通し稽古を行うこと)で、それなりの“手応え”は得ることのできた舞姫でしたが、まだ不安な題材は多く残されていたわけで、開場前の僅かな時間ではありましたが、諸々の問題点など舞台上で確認が行われ、不安だった舞姫の気持ちも、幾分は落ち着いた次第でした。

やがて、開演の時刻が近づいてきます。第1部の最初の演目は、黒豆姫のヒップホップ作品。ちなみに今回の発表会は、劇場が“空港”という設定。板付き(緞帳が上がった時点で、既に出演者が舞台上の所定の位置に付いていること)で待機する舞姫の耳に、「まもなく離陸します。みなさま、シートベルトをお締めください」という前説が聞こえてきます。続いて場内に響き渡る、旅客機が滑走路を飛び立つSE…しまった!ついに離陸してしまった。もう降りられない。緞帳が上がる直前、舞台上の我々13名に“機長”であるT先生を加えた計14名で、恒例の円陣を組んで気合いを入れる。

ところで、“背水の陣”(←「語源由来辞典」より)という言葉、じつは舞姫自身も何となしに意味だけは理解していたものの、詳しい語源までは知らなかったので少々調べてみました。中国の楚漢戦争での漢軍と趙軍との戦いにおけるエピソードで、兵力的に劣勢ながら勝利を得た漢軍の武将・韓信は、「そんな戦術は兵法(当時の戦術を記したマニュアル)にも載っていない。どうやって、あのような戦術を?」と尋ねられた際、「ちゃんと載ってるョ、“之れを往く所無きに投ずれば、諸・歳の勇なり”って」と答えたそうです。

この韓信の言葉を解説すると、兵士達を絶体絶命の窮地に追い詰めれば、おのずと限界を超えて勇戦力闘する…ということになります。これが何を意味するか、判りますか?我々レギュラー13名のチームメイトを“背水の陣”へと追い詰め、この最終決戦の地へと誘ったのは、“敵”ではなく“味方”だったということです。この言葉の語源を舞姫が調べたのは、本番の前々日。調べるんじゃなかった…と後悔した。「謀ったな!」…そう気付いたときには既に遅く、仕掛け人である“機長”の操縦で、舞姫&チームメイト達を乗せた航空機は離陸したあとだった。ついに最終決戦の火蓋は切られた!もう、行けるところまで行くしかない!

デフラグ不足で稽古中も頻繁にフリーズを起こしていた筈の身体は、思いの外よく動いてくれた。例によって細かい間違いは多々やらかしたけど(汗)、幸い全般的には大きなアクシデントに見舞われることもなく、舞姫はチームメイト達と一緒に舞台上で終始心地良く弾け続けた。スタジオで本番前最後の稽古が行われた際、諸々の修正ファイルの動作確認だけで精一杯だった筈の夏の公演の再演作の通し稽古で、T先生から「初演時より、いいョ♪」と言われた理由が、今更にして判るような気がした。これが、本番の舞台上に照準を合わせた“機長”の策略であることを覚って以降も、舞姫は“楽しい”と感じる気持ちを、どうすることもできなかった。

レギュラー5作品のなかの最後の演目は、某姫のコンテンポラリー作品。この独創的な作品の終盤で、舞姫は“怒り”を表現する演技を任されていました。じつは某ちゃんから「“怒る”芝居をしてほしい」という指示があったのは今月に入って以降。舞姫は役者時代に“怒る”芝居の経験はあるけど、これは当然“台詞”有り。今回はダンス作品なの無論、言葉で発する台詞には頼れない。心の準備がなかった舞姫は、台詞に頼らず身体だけで、どうやって“怒り”を表現したらいいか判らず、当初は手探り状態で演技を試みてきたのですが、“背水の陣”に陥ったことを強く自覚した総見の前後あたりから、舞姫の“怒り”のモチベーションは自然に上がってきました。そして…本番の舞台で舞姫は、これまでの稽古での思いのすべてを、この“怒り”の演技にぶつけた。

本番のこの舞台で我々を勇戦力闘させるために、心身が押し潰されるほどの苦しみを我々は科せられたのか?!けど、あなた達と一緒なら、私はどこにだって行けるし、何だってできるって言っただろう!だから…だから…。

舞姫の心の絶叫で、舞台上は静かに暗転となり、レギュラー5作品の上演は、すべて終わった。

旅を終えた航空機は、ようやく滑走路が視界に入るところまで辿り着いた。フィナーレ直前、所定の順番に並んで待機する舞台袖で、某ちゃんは舞姫の手を両手で握って「ありがとう、ありがとう」と言って何度も頭を下げた。いや、舞姫のほうこそ、貴重な経験をさせてくれた某ちゃんに心から感謝したい。“機長”の手荒な操縦に酔っ払って、三半規管の劣る舞姫は既にふらふら状態だったけど、ふと気付いたときには、頂点に達していた筈の“怒り”は消えて、爽快感だけが舞姫の心に残っていました。こうして、舞姫自身の約20年間の舞台経験のなかで、おそらく最も“大それた”ことをしたであろう舞台は、その幕を閉じました。楽しく舞台を務めることができたのなら、それでいい。客席に向かって深々とお辞儀をしながら、そう素直に感じた舞姫でありました。♪


★09年11月21日(土) そして、“最終決戦”の地へ!

避けられない“時”は、ついに訪れました。あしたに迫る本番に備えて、きょうから舞姫はチームメイト達と一緒に劇場入りです。無論、この日を迎えるまでに、スタジオの稽古では可能な限りを尽くしてきた筈…ただ、正直まだ不安は残る。意を決して、最終決戦の地である「ちえりあ」ホールへと向かった舞姫でしたが、本番前日の劇場までの道のりが、こんなにも憂鬱に感じられたことは、いまだかつてありません。目的地へと向かう地下鉄のなかで、舞姫は頭を抱えた。

どうして、こんなことに…。

夏の公演の上演作の再演(初演時の模様は、こちら)+新作4作品…レギュラークラスだけで、この計5作品を手掛けるという話が持ち上がったのは、確か舞姫が5月のクラシックバレエの発表会(「思い出ドキュメント」は、こちら)を無事に終え、既に夏の公演の稽古に突入していたジャズのスタジオのチームメイト達に合流して程ない頃だったように記憶しています。無論、過去に前例をみないこの無謀な試みを知らされたときから、舞姫は正直、気が進みませんでした(じつは当初、“6作品”構想がありました!で、いくらなんでもレギュラーだけで6作品は無茶だろう…という話になって、当時振付候補者の一人だったH先生が辞退を申し出て、最終的に“5作品”という話に落ち着きました)。ただ、舞台活動の中枢メンバーが集うレギュラークラスで、やると決めたからには、舞姫も自身&チームメイト達の力を信じて稽古に臨むしか、術はありません。

勿論、過酷を極めるであろうことを予測して、我々は早期に機動した筈でした。まだ夏の公演が本番を迎える前に、同時並行という形で発表会の稽古に突入し、それこそ再演作については昨年&一昨年と散々苦心した経験もふまえたうえで、今年は極力早目に新作の完成度をある程度高めておいて、土壇場になって慌てることのないよう再演作の稽古にもじっくり取り組むつもりで、初期の段階からペースをあげて稽古は進められてきました。…にも関わらず、我々は行き詰ってしまった。

当初の予測を遥かに凌ぐほど難航する新作4作品の進行に、飽和状態と化した舞姫の狭容量の体内ディスクは悲鳴をあげ、不器用でメンタルの弱い舞姫は、己の至らなさに落ち込んだ。けど…舞姫の“被害妄想”ではなかった。ふと気付いたときには、“初期の段階で付いた前半部の振付は記憶が曖昧になり、無理矢理詰め込んだ後半部の振付は消化不良”という悪循環的な現象が、舞姫のみならずチームメイト達全員の身に起きていた。どうにか“総見”までには、新作4作品の振付・構成など物理的な情報はすべて行き着くことができたけど、この状況で夏の再演作の稽古は結局スタジオでは殆どできなかった。当然の如く、“付け焼刃”で臨んだ総見で、まともに動ける筈も無く、舞姫&チームメイト達はボコボコのサンドバッグ状態と化した。

1週間後には本番を迎えるという状況で、この前代未聞の有り得ない状態に、舞姫はうろたえた。現在、レギュラークラスは舞姫を含め計13名。この少人数チームでは、人海戦術を活用した構成にはできない。おのずと、全員が舞台袖への出捌けも少なく殆どの時間を舞台上で踊り続ける…という現象がすべての作品において起きる。さらに、初振付の若い姫達2名の作品は、これまでにない新しい発想で未知の世界観を切り開いていく。それが、デヴュー振付家の最大の魅力であることを充分判っていても、その新しい世界観で築かれた作品を踊りこなすのは容易なことではない。稽古を始めた初期の段階から、早目早目の対策を取り続けてきたにも関わらず、我々が行き詰ってしまった大きな要因は、たぶんそこいらへんにあるのでしょう。まして、夏の公演の再演作に至っては上演時間10分を超える大作なので、体力的にも酷しい。

だから、レギュラーだけで5作品なんて、最初っから無茶だと思った。ちなみに、一昨年(「思い出ドキュメント」は、こちら)の舞姫の出演作品数が、レギュラー4作品+バラード1作品で、トータルでは同じ5作品。このときの舞台で身体が破裂しそうになって本番中にガス欠を起こした舞姫は、ひとつの公演で出番を多くこなすことに限界を感じ、作品数を抑えてそのぶん充分に稽古を積んで自身の納得のいく状態で本番の舞台に臨みたい…そう思って、バラードクラスを出てレギュラーのみに専念するに至った筈でした。だから、そのレギュラークラスで、こんな状況に陥ってしまっていたのでは、なんの意味もないわけですよ。作品数なんか少なくたって、自分の出番なんか僅かだって、構わない!ひとつひとつの作品に時間を掛けて大切に稽古に取り組んで、ベストコンディションで舞台に立つための身体の調整的なメニューもきちんとこなして、もっと自身の納得できる状態で本番を迎えたかった…。けど、現実問題として“本番”は確実にやって来るわけで、今更それを悔やんだところで意味はない。

おそらく、こんな哀れな己の姿を“過去の自分”が知ろうものなら、間違いなくタイムマシンに乗って現代に飛んできて、いまの自分をハリセンで猛打するだろう。いつの頃からか、稽古に行き詰ると舞姫の前に現れるようになった、駆け出し時代の“過去の自分”の虚像…レギュラークラスの素敵な先輩ダンサー達に憧れて、いつかレギュラー入りすることを夢見て、ビギナー&ミドルクラスでレッスンを積み続けた、若き日の“過去の自分”…いま、ここで自分が己の狭容量の体内ディスクを強制終了させ、悪魔の囁きに導かれるまま、すべてを放棄して逃げ出してしまったのでは、その“過去の自分”に申し訳が立たない…その思いだけが、くじけそうな舞姫の気持ちを支えていた。

とにかく、このままでは観客から料金を頂戴して舞台に作品を乗せられる状態ではなかった。「一生懸命、頑張りました〜!」が、“免罪符”になど決してならないことも、チームメイト全員が充分承知していた。悪夢の総見終了後、“背水の陣”に追い込まれた我々13名は、“存亡”を賭けた最後の勝負へと突入した。優れた感性や身体能力を持つ若いチームメイト達が、あんなに七転八倒する姿を、舞姫は初めて見たような気がした。若い彼女達でさえ苦戦を強いられるものを、44歳の高齢ダンサーである舞姫が同じことをすればどういう状況に陥るか、おおかた想像がつくでしょう。無論、若いチームメイト達だけではなく、ベテランの先生達も、みんな真剣だった。つらいのは、舞姫だけじゃない。レギュラークラス13名は“生命共同体”。本番までの残された時間、みんな思いをひとつにして、この勝負に挑んだ。

きょう行われたのは、場当たり&ゲネプロ。途中、フィナーレの稽古や集合写真の撮影などを挟むという流れは例年通りなので、詳細は省きます。ゲネプロを経て、まだ不安が残る箇所も多くあったけど、どうにか舞台上で必要最低限のパフォーマンスができそうな“手応え”だけは、取り合えず得られました。あとは、あした、これまでの稽古での思いをすべて、“最終決戦”の地であるこの舞台にぶつけたいと思います。





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